「一人立つ」

埼玉県 橋本 光信

「一人の人間における偉大な人間革命はやがて、一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
これは、小説「人間革命」の中で出会った、若き民衆のリーダーが語った言葉です。
さて、高校時代この同じ演壇に立っていた私も、四人の子供を持つ親となり、この自分が勉強しろと言う立場になってしまいました。
しかしながらよくよく自分の小学生時代の通信簿を見ると、成績はいつも一と二ばかり、何の取柄も無いボーっとした少年でした。
父親に「一番好きな科目はなんだい」と聞かれて「給食」と答え、次に「休み時間」、その次に「帰りの時間」と答えたのを覚えています。
特に国語の授業が苦手で、一人ずつ順番に教科書を読んでいくと、必ず、漢字の読めない私のところで授業が中断し、終了のチャイムが鳴っておりました。
そんな完全な落ちこぼれのまま、六年生になった私に転機が訪れました。
絵を描く授業で外に出て遊んでいたら、担任の先生から大声で怒鳴られ、放課後居残りで絵を完成させるように叱られました。
いい加減に木の絵でも描いて終わらせよう、という自分の安易な気持ちとは裏腹に先生は、「良く葉っぱを見てごらん。一枚一枚、大きさも、色も形も違うだ ろう。明るいのもあれば、黒いのもある。千切れてしまっているのもあれば、重なり合っているのもある。何日かかっても良いから丁寧に描きなさい」と言われ ました。
やっとの思いで完成したその絵が、作品コンクールに選出するにあたり、クラスの発表会に出されました。
第一位の発表に「橋本君」と呼ばれ、クラスの仲間から「凄い」、「綺麗」などの感嘆の声があがりました。その反応に私自身がビックリしました。
私が一位になれるなんて。
その日、その時から、自分の中で何かが変わりました。手抜きをせずに、一枚一枚の葉っぱを描いた事により、「どんな事にでも挑戦してみよう!」と思える自分に変われたのです。
もう昨日までの自分ではない。苦手だった国語の授業も算数も、社会も音楽も、すべてが楽しくてたまりません。
遅れを取り戻そうと自分から勉強もするようになりました。授業中に、初めて手をあげることができました。初めてテストで百点も取ることができました。さらには、生徒会会長にも推薦していただきました。
一人の教師との出会い、一枚の絵が、私の人生を変えてくれたのです。
今、社会人となり仕事や地域の活動を通して、さまざまな人との出会いの中で、あの時に描いた絵のことを思い出します。
かつては、華々しい人生を歩んでいた人も七十歳になり、一人暮らしで誰か訪ねてこないかと心待ちにしている人。
震災で家族・財産を失い、それでも何とか生き抜こうとしている人。
いつ訪ねても子供達だけで留守番をし、夕方食事もできず親の帰りを待っている幼い兄弟。
自身の感情をコントロールできず、つまらぬ見栄のために会社を退職していった仲間達。
仕事のプレッシャーに負け三十代の若さで自ら命を絶った大好きだった先輩。
私は、何か少しでも社会の為に、悩める友の為に励みになればと、毎日、あの木の葉の緑を、一枚一枚描き続けたように、一人一人との出会いを大切にしています。
今、日本の国では、小学生による校内暴力が一八九○件に上り、過去最悪となりました。
また、親が子供を虐待死させるなど耳をふさぎたくなるようなニュースばかりです。
世界に目を向ければ、ガソリンエネルギーが急騰し、地震・ハリケーンなどの自然の猛威も他国の出来事として済ますわけにはいきません。
狂牛病がイギリスで発生すれば、ファーストフード店から牛肉が消え、日本経済にも影響を及ぼします。
日本の国も、私達一人一人も、全世界につながり、それぞれが支えあっているのだと実感致します。
私は今、子供達とよく、こんな会話をします。
「とうちゃん、自爆テロってなに?どうして死んだりしなくちゃいけないの?」
「お父さんは、それを知るために勉強してるんだよ!」
「北朝鮮は、悪い国なの?核兵器って戦争で使うの?」
「人は、一人一人違うけど、どうしたら仲良く出来るか一緒に勉強しような!去年は六十冊本を読んだよ、今年は百冊に挑戦するよ!」
今も、小学校の校庭に一人立つ一本の木。
昨日よりも今日の自分が一歩でも成長し、自分自身が皆を支えられる太い幹、強い根となっていくことを皆様にお約束をし、本日より新たなスタートを切ってまいります。