ツールがルールを規定する
~インプレゾンビにご用心~
松本心和
今年の初め1月1日、午後4時過ぎ、入院中の父のお見舞いに出かけ、金沢医科大学病院のすぐ近くの内灘インターを降りた直後でした。乗っていた車がまるで遊園地の乗り物のように、グルングルンと揺れ中の私たちは、フライパンの中のポップコーン状態でした。
「お父さん大丈夫かな?」揺れが治まって、なんとか病院に駆けつけたら、お父さんの9階の病室も大きく揺れ、ベッドが壁に張り付いていました。その後すぐに能登半島の穴水町の実家に電話しましたが、つながりません。停電・断水、道路は寸断、特に私たちが先ほど通った「のと里山海道」は、崩落して戻ることもできません。そのため、ちょっとでも情報が得られることを期待して、石川県庁近くの駐車場で車中泊することになりました。
車の中で見るニュースは、輪島上空からの映像で、町が紅蓮の炎に包まれています。能登町の津波の映像も流れてきます。なんとか、家族や友人たちと連絡を取りたかったのですが、まったくスマホは反応しません。それでもX(旧ツイッター)でなんとか情報収集して、皆の安否を知りたいと思い、Xをメインにインスタグラム、ラインなど使えるものはすべて使って、夜を過ごしました。
すると不思議な投稿が、次々に流れてくるのです。インプレゾンビです。「おばあちゃんが、家の下敷きになって出られない。すぐに消防に連絡して」「土砂崩れで車の中に閉じ込められている。」「津波が家をさらっていった弟と一緒に」など、悲痛な叫びを感じるものばかりでしたが、その後ろに顔文字がついていたり、明らかに不自然な言葉が並ぶもの、中には、その時点でスマホが通じない穴水町からの発信、しかも指定の住所が存在しない。あやふやで怪しげな投稿が怒涛の勢いで流れ込んできます。
この投稿の実態を知ったのは、3月下旬の新聞でした。この現象はインプレッション稼ぎと呼ばれ、自分のSNSの閲覧数を稼ぐために、濁流に車や船が飲み込まれる動画や先ほどの救援要請を作成して、拡散することで閲覧数を稼ぐのです。
発信元は、パキスタンの地方都市で、その閲覧数の多さによってXからお金が送られてきたという記述までありました。男性は、インプレッション稼ぎのために、能登半島地震を利用したというのです。加えて、能登半島地震は、外国から偽情報が送られてきた初の大規模災害と言われ、「アテンションエコノミー・過激な見出しで関心を引く」ことへの弊害だと書かれていました。
唖然としました。偽情報や過激な画像に一言、何なら顔文字だけ付けて閲覧数を稼ぐ、なんと悪質なSNSの使い方ではないでしょうか。あの日の投稿の多さや異常さの原因は、これだったのです。その後に生まれた言葉としては、インプレッションを稼ぐために、次々と翻訳ソフトなどを使い外国から投稿し続ける「インプレゾンビ」と言われる偽情報の多さです。
では私達にできることは、何でしょうか。スマホを使わないこと、それはできません。そのため、インプレゾンビの跋扈するSNSの世界を生きていくためにできることは、使いながらルールを規定するということです。
インプレゾンビのエサは、閲覧数です。私たちが、不用意に「いいね」と押したり、リポストなどの2次拡散に手を貸すことを避けることです。そのためにも私たち若者を中心にメディアリテラシーの確立に努めないといけないと思います。
スマホの話になると大人は、「スマホへの依存が高まると、視力が落ち、記憶力の低下や学習意欲の低下につながる。」と口をそろえて言います。確かに脳が発達途上の子どもやネットに不慣れな高齢者には注意が必要ですが、この流れは止められません。「ツールがルールを規定する」という言葉があるように、スマホというツール・道具は20年前にはありませんでした。だからこそこれからのルールは、当事者である私たちがつくるしかないのです。
AIスマホも市場に入ってきて、「ツールの進化は止まりません。」みなさん、くれぐれもインフレゾンビには、注意しましょう。相手は、ゾンビですから、倒しても倒してもわいてきます。その相手に対して、エコーチェンバーやフィルターバブルの中で過ごしていては、餌食にされてしまいます。まずは何が問題かを整理し、一人一人が自己のツールであるスマホを見つめます。まさしくこの世界のルールを規定するのは、私達です。
これは、今回の能登半島地震から学んだことでもあります。
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