心豊かな社会を
橘 里香サニヤ
「今日も暑いから、そろそろ行こうか」
と耐えられない暑さになれば、近くのスーパーやショッピングセンターに家族そろって出かけるのが我が家の当たり前の生活です。
エアコンも扇風機もない我が家は、常に節約が当たり前です。例えばペットボトルの飲み物は購入せず、家で作った飲み物を水筒に入れて持ち歩きます。多くの友人が買う化粧品は店頭に綺麗に並んだ物を見るだけで満足し、自分にはまだ早いと言い聞かせるのです。母は、お金はなくても家族皆で助け合って楽しく心豊かに暮らせることが幸せだと言い、父は不平不満を言うのではなく、何事もプラスに考えればどんな事でも乗り越えられると前向きに生きる大切さをいつも話していました。
我が家は来日二十四年目になるインドネシア人の父が一家を支えていますが、外国人という理由で非正規雇用で働いています。そして、いまだに日本語が正しく理解できないと決めつけ仕事の説明や休憩時間を故意に伝えなかったり、必要な残業をしても勝手にしているからと残業代が支払われないこともあると、時に父は悲しそうに言います。早朝から夜遅くまで最低賃金で働く父、そして体が弱く長時間労働ができない母はできる仕事を見つけては働き、私も少しばかりのアルバイト代を全て家庭に入れています。我が家は月額十五万円程の収入しかありませんが、インドネシアに住む父の親族にも送金しながら、私はパティシエになる夢を叶えるため、高校に進学させてもらっているのです。
人は私達の生活をワーキングプア、いわゆる働く貧困だと言います。しかし、物心ついた時からこの生活は普通で、家族を誇りに思う私の気持ちは変わらないのです。
総務省が昨年公表した労働力調査では、年収二百万円以下のワーキングプアは千八百万人を超えていますが、生活保護の水準以下の所得でも、実際二割程しか受給できていないのです。そして我が家のように、外国に住む親族に送金している人は生活保護が受給されることはありません。
日本で三十年前から行われている人材育成を通じた国際貢献としての外国人技能実習生の受け入れは、実際は労働力不足を補うためだと言われています。そのため、暴行や賃金未払いなどの人権侵害により、実習先の失踪者は二〇二一年には約七千人に上りました。そんな中、今年四月、政府有識者会議で、技能実習制度の建前と実態のずれを無くすため、この制度を廃止し、外国人労働者であっても一人の労働者として受け入れることが提案されましたが、今の状態がすぐに変化するとは限らないのです。
昨年十一月、外国人労働者という理由で父は会社を解雇され、約四ヶ月間、仕事が決まらず、我が家の生活は困窮しました。貯金を切り崩しながらの生活は先が見えず、不安で心までも暗く沈み、あれだけ不平不満を言わず、前向きに生きようと言っていた父でさえも笑顔を忘れかけていたのです。
あの絶望の四ヶ月を乗り越えた今、我が家には互いを思い遣る優しさがあり、支え合える存在があったからこそ、生きることを諦めず、前を向いて歩めたのだと分かりました。そしてこれから先、一人の外国人労働者ではなく一人の労働者として、認められ受け入れられる日が来ることを信じて、心の豊かさを忘れずに懸命に生きることの大切さを実感したのです。
将来私は、日本で暮らす外国人の支えとなりたいと思っています。言葉が分からず一人で不安な日々を過ごす人、正しく評価されず悔しい思いをする人、今のままでは日本で生きていくことさえ難しいと感じる人など、希望を抱いて来日した人が絶望的になり、心を失いかけている状況を救うために、私は心の支えとなりたいのです。不当な扱いをされる社会ではなく、公平な評価が受けられるように、外国人労働者達の苦労や悩みを聞き、現状を知ってもらうために私の言葉で訴え、誰もが一人の人間として安心して生活できる心豊かな社会を目指して、私は声を上げ続けていきたいのです。
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