初めて弁論を学ぶ人のために

北海高等学校弁論部創部百周年記念誌『弁論部のあゆみ』より、監修された顧問の新田修先生のご快諾を得て転載しています。

弁論の全体を質問形式でみてみましょう
1弁論を学ぶのは難しいことですか
 弁論という言葉から難しさを連想しがちですが、自分の思っていることを自分の声で自然な姿で発表すればよいのですから、初心者は初心者なりに一生懸命やればいいと思います。
2弁論は大きな声を出せなければ駄目ですか
 弁論といえば大声を出す姿を想像しがちですが、現在はマイクを使って発表しますので、練習によっては小さい声でも大丈夫です。
3弁論はほかでも盛んですか
 昭和20年代は隆盛を極めましたが、一時停滞していたところ地方の時代が叫ばれるようになって、人づくり、街づくりのために青少年や高齢者の意見発表、弁論大会が盛んに行われています。
4弁論には決まった型がありますか
 各種の大会で統一された型はありません。あくまでも自分の考えを、自分なりの声、態度で発表すればよいのです。ただ大きな流れとして絶叫型から対話型、説得型へ変わっています。
以下に審査項目別に心得十項をあげておきますので、参考にして勉強してください。
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論旨作成の基本
1資料の用意をいつも心がける
 日頃からどんなことにも疑問を持って考える習慣をつけるとともに、弁論ノートを用意してわかったことは記入しておきます。
新聞の切抜きを貼ったり、本を読んで特に感激した部分などを書き写したりしておくことは、いつかの機会に役立ちます。
2原稿作成までの準備
 まずどんな分野の話をするか考えて演題を決めたら、どんな順序で何を話すか項目別にあげてみます。この柱の組み立てが、論旨作成の最も重要な作業といえましょう。
次にこれらに関係あると思われる書類や資料を探し、ノートに関連事項をピックアップします。
できるだけ広範囲に資料を集めたら、演題や柱を展開するのに関係深い部分を、自分の考え方に沿って取捨選択します。
その後もう一度あらすじを全体的に見直し原稿用紙に文章化します。この段階で指導者や友人の意見を求め、できるだけ広い視野で検討しなおすことが大切です。
3段階をふんだ組み立て
 論旨展開の仕方はいろいろな順序がありますが、一般的には次のような方法がとられています。
三段法(序論→本論→結論)、四段法(起→承→転→結)、五段法(注意喚起→必要→満足→具象→行為決起)などがありますが、自分が述べようとする内容に応じて、適切な方法はどれかを十分考えて組み立てます。
4聴衆はどんな人か考えておく
 話すということは、聞き手に知ってもらうという目的があるのですから、聴衆の理解力に応じて言葉を選ぶことが大切です。
難しい言葉や流行語を多く使うことは避けた方がよいでしょう。
聞き手は耳から入った言葉を頭の中で理解するという過程をたどって話を聞くのですから、理解に時間がかかりすぎるようだと次の言葉は耳から入ってきません。
聞き手の立場で論旨を組むことが必要です。
5わかりやすく聞きやすい表現を
 日常生活の中から具体的な体験談を組み入れることで、抽象的に走りがちな論旨作成の短所を補い、聴衆にあきないで聞き入ってもらえます。
ただこれはあくまで論を展開する導入のためのものなのですから、具体例が終わったら自分の考え方や信念を話す時間がなくなってしまったのでは、単なる話になってしまいます。
大体4分の1から3分の1ぐらい体験談などの時間にあてたら十分と思います。
次に自分の考えは自分の言葉で話すことが根本です。
人の考えや表現をそのまま受け入れるいわゆる剽窃は、たとえ言葉はきれいでも心がこもらず軽薄なものになります。
6思いやりがあふれている
 論旨の中からほのぼのとした人間愛や郷土愛が感じられると、聴衆は胸を打たれます。
弁士の人柄や奥ゆかしさがにじみ出るような内容が話されると、聞き手はじっと聞き入ることでしょう。
自分の感想や考え方が、自然な言葉や文章で表せるよう日頃から努力しましょう。
7ことわざや統計を上手に活用する
 論旨の展開にあたって、ことわざを使ったり統計をあげて説明したりすることは、普遍性や科学性のある論旨となり聴衆も納得しやすいはずです。
また論拠を示すことで論旨に対する信頼性も大きいと思います。これらの活用はあまりくどくないこと、大切なところは二度繰り返すことなどに気をつけましょう。
8演題と論旨をマッチさせる
 演題を決めるには、論旨を作成してから最も適した題名をつける方法と、課題弁論のように演題が決まってから論旨を作成する方法があります。
いずれの場合も発表内容を的確にあらわす演題にしますが、あまりはっきりしていて演題をみただけで話す内容がわかってしまうより、少々余韻のある、あるいは何かを期待させられるような演題を考えるのもひとつの方法かと思います。本文中に題名を入れて効果をあげている論旨も時々見かけます。
9短文をつないで長文にする
 長い文章は理解しにくいことが多いので、できるだけ短文にまとめるとわかりやすくなります。
文章を読んで理解できたから聞いてもわかるとは限りませんので、書き上げたら必ず録音して誰にでもわかる表現かどうか確かめます。意味の薄い言葉や飾り文句は避け、内容がいっぱい詰まった一節々々に仕上げます。
はじめに自己紹介をしたり、終わりに「ご静聴ありがとうございました」などといったりする必要はありません。
10覚えやすい論旨の書き方
 文節のはじめは一字下げて書き、5字ほどをゴシック体につぶしておくと暗記しやすく、つまずいても次がすぐ目に入ります。一分間ごとに印をつけ、予鈴の後の時間で終わるように工夫しておきます。
特に強調する部分、アクセントや抑揚を記入しておくと便利です。一度暗記しかけた原稿は、よほどのことがない限り書き換えません。
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適切な音声とは
1はっきりした発音をするために
 発音をハッキリするために、次のような発音の練習を毎日5分~10分間ぐらい1ヶ月も続ければ驚くほど伸びます。  のところを高く発音。
    アエイウエ
ケキクケ
セシスセ
テチツテ
ネニヌネ
ネヒフヘ
メミムメ
エイユエ
レリルレ
エイウエ
 ここには五十音だけのせましたが濁音、半濁音、拗音にも応用しますと舌の回転もだんだん滑らかになり、はっきりするでしょう。
なお練習前の準備に発音のウォーミングアップとして唇を上下左右に大きく開いたり、下あごをできるだけ下げ、のどには力を入れず自然な態度でリラックスして発声します。
2適当な高さの声を早くつかむ
 話の出だしはできるだけ落ち着いた低い声がよい。最初高い声で始めると、低くしにくくなります。
全体として話すのに適当な声とは自分の声の中で「大きくて低い声」がよく、次に「大きくて高い声」といわれますが、このような声であれば、途中で自由に変えやすく、聞き手に対する刺激も少なく疲れないからです。
3“マ”“間”“ポーズ”をとる
 「話の上手下手は“マ”で決まる」といわれます。
次々と話されても聞き手が考える余裕がなければ苦痛になってしまいます。反対に不適当なところに不自然な“マ”をとると間のびしてしまいます。
“マ”は文章の句読点(。・、)と同じで適当なところでとれば話が引き締まりますので、話のひと区切りごとにとることが多いようです。
また、次のような場合はその効果が大きくなります。
イ、話の内容をよく考えてもらうとき
ロ、次に話すことに期待感を持ってもらうとき
ハ、聞き手の感情を高めたいとき
ニ、質問して答えを考えてもらうとき
4息(いき)の声を音(おん)の声に
 私たちは(しか)とか(く)などという言葉を話すとき、をのどから出さずのど以外から出すいわゆる息の声で話していることが多いようです。
会話のときは、近くで話すのですからはっきり聞き取れなくても意味は通じますが、弁論の場合は大勢の人が対象であり、広い会場ですから息の声では聴衆は聞き取れません。
語尾が不明瞭ですと、せっかくの論旨も十分理解されませんので、息の声は音の声にするよう工夫することが望まれます。
5腹式呼吸を常に行う
 胸と原の境にある横隔膜を押し下げるように吸気し、呼気を徐々に使って発声すると、咽喉部を無理せずに力強い声が出ます。
また、いつも腹式呼吸をして肺活量を大きくする努力を続けることも効果があります。
はじめは仰向けに寝て腹式呼吸をする方法もありますので、具体的な方法を顧問から指導してもらい、いわゆる腹から出る声を身につけることができれば、声量も豊かになり思い通り強調することもできでしょう。
6歯切れよく発音する
 最近の大会で目立った欠点のひとつに母音をのばす(流す)例が多く見受けられます。たとえば「私はア困ってしまったのですウ」と、アとウをのばすと歯切れが悪く、聞き手にはしまりなく聞こえます。また話し癖ともとられるでしょうから、注意する必要があります。
これを「私は、困ってしまったのです」とアやウを切り詰めてしまって声に出さないようにします。ワアの子音の部分を長めに発声して、母音の部分を短めに発声するとよいでしょう。
7アクセントを覚える
 アクセントは個々の語を発声する際に、決まっている声の高低の変化をいいますが、言葉の意味を正確に理解する上で大切です。
たとえば「橋」はハシでシを高く、「箸」はハシでシを低くいうことで意味が異なります。
いろいろトレーニングの仕方や難しいことがありますので、文献などで調べてください。
8スピードを工夫する
 話す速さは人によって違います。自分は他人に比べてどうかを知っておき、練習の際に加減します。
また話しの内容が難しいとき、具体性に乏しい場合は速度を落としたり、反復する必要がありますし、聴衆の理解力によっても判断します。
9急の変化を考える
 始めから終わりまで同じピッチでたんたんと話されると、聞き手の印象は薄く退屈します。話の全体はもちろん、文節の中でも要点や説明部分などで緩急が必要です。主張したい部分を強調力説する表現方法のひとつは、他の部分より声を大きくする。もうひとつはその部分の直前で“マ”をとったあと、その部分の速度をぐっと落として表現する方法があるので工夫してください。
10音調の転換をどこでするか
 以上の発声の仕方は全体として総合的に作用して効果を高めるものであり、そこから「話の調子」が生まれますが、話題を変えたり、段落の変わり目、文章の語を際立てるとき、音調の転換をします。
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態度についての心構え
1常に弁士であることを忘れない
 登壇する前も降壇してからも、常に態度を崩さずにみんなと一緒になって、他弁士の話に耳を傾けよう。登壇中に失敗して頭に手をやったり、舌を出すことは失礼ですし、自分の弁論が終わったからと、うっかり隣席の人と話しこむなどということは良くありません。
2論旨を自分のものにする
 暗記が不十分だと、どうしても下を見たり、一本調子になったり、時にはつまづいて、しどろもどろになったり色々な失敗をしがちです。
原稿ができあがったら、まず各文節ごとに、何十回も日頃の自然な話し方で練習します。
「暗記は頭でするのではなく、口でする」という気持ちで原稿をそらんじるまで、練習を続けます。
テープに録音したり、周りの人に聞いてもらうなどして、癖がないか、語尾は明瞭かなどなど不十分な点は原稿に記入して(赤鉛筆でわかりやすく)自信のつくまで練習します。
3高校生らしい頭髪、服装、態度で
 多勢の人の前で離すのですから心構えも大切ですが、外見もきちんとします。どんなに立派な考え方や信念を持っていても、服装などの外見が崩れていては、聴衆に失礼になります。
高校生らしい、こざっぱりした姿で話を聞いてもらおうとする気持ちが大切です。
4迫力、積極さを持つ
 どんなに良いことを言っても、この話は皆さんにぜひ聞いてもらいたいんだという真剣さがなければ、聞き手は心から納得することはないでしょう。
以心伝心という言葉もありますように、話し手が真剣であれば自然に迫力が出てきますし、相手の胸を打ちます。
ただ真剣でも練習が不十分では、大事なところで迫力が出ません。
ここでも論旨が自分のものになりきっている必要があります。
5返事をはっきりする
 司会者から演題、弁士名の紹介をされたら元気よく「ハイ」と低くても力強い返事をして立つ、この返事で自分があがっているかどうか判断がつきます。ドキドキしているようなら一歩一歩演壇に向かいながら深呼吸をします。
原稿は聴衆から見えない側の手に持ち、背筋を伸ばして堂々と歩き、登壇したら正面を向いてから、演台に近づいてまず原稿を置き、マイクの位置、方向を調整したあと、一歩下がって「聞いてください」の気持ちを込めて一礼して、再び演台と身体の間にこぶしが入る程度に近寄ります。
6聴衆を引きつける
 口を開く前にまず会場の聴衆を引きつけることが大切です。
そのために聴衆に向かって礼をしたあと、中ほどから奥、左右全体に視線を回します。そのうち聴衆が静かになったら、何を言うのかなア…と期待の注目をしているのですから話し出します。
足は肩幅以内の広さに開き、背筋を伸ばすと安定感が出てくるでしょう。頭や身体を前後左右に動かすと、聴衆もなんとなく落ち着きませんので、どっしりと構えてください。
7心を落ち着けて発声
 いよいよ弁論開始です。口を開いたときから制限時間の測定は始まります。足が震えて、口がこわばってもすぐ直りますから心配はいりません。
さて自分の声がマイクにどう入っているか。日頃マイクで練習して耳を育てておくと、ここでその成果を発揮できるでしょう。
「始め良ければ後まで良し」で、始めの声を自分で聞き取れれば、それだけ余裕があるのですから、終わりまで落ち着いてやれそうです。
とてもそんな!!という人は準備不足だといわれても仕方ありません。練習が十分であれば、自信がついていて落ち着きも出るはずなのだから。もし登壇前からドキドキして不安だという場合は、胸いっぱいに大きく深呼吸してこれ以上吸えなくなったら、そのまま下腹に向かって空気を押し下げて、数秒おいてからゆっくり吐き出すことを数回繰り返すと、ほとんどの人は落ち着くはずです。
8目は口ほどにものを言う
 目を聴衆全体に向け、前後左右を見回します。強調したいときは身体全体に力が入って、自然に前かがみになって声が強くなったり、身体をのり出すことがあっても、自然な姿なら良いと思います。
9原稿をめくるときは目立たぬよう
 どんなに自信があっても原稿を持って登壇します。
1ページ終わるごとに、話しながら原稿は左または右にずらし、頭の中では、今どこを話しているか、順を追って思い出しながら続けます。
途中でつまづいてもあわてず目を伏せて見る程度にして、「失礼」などと言いません。
10話し終わっても気を抜かない
 弁論を終えたら原稿を持って一歩さがり、「ありがとうございました」の気持ちで礼をして降壇します。成績発表のとき、たとえ入賞しても大きな歓声を上げることは遠慮しましょう。大会終了後、入賞のいかんを問わず指導の先生や関係者の方々に、感謝の言葉を忘れないでください。
以上、論旨、音声、態度について私なりに考えている望ましいあり方を、少々具体的になりすぎるほど詳細にわたって述べました。
しかし、これらも一つ一つで評価されるだけでなく、総合的、全体的に審査されますので弁論は芸術だという人さえいます。
私は少年時代、あまりにも内向性でしたので、なんとか直したいと思い弁論を自分で勉強する計画を立てました。
初めは難しいように思っていましたが、いくつかの大会に出たり、周りの人から色々教えてもらったおかげで、自信も出てきましたし、多くの出会いを通して少しずつ視野も広くなったように思います。
“弁論が現在の私を育ててくれた”と思っています。