「いなくなればいい存在」

茨城県立太田第一高等学校  植田涼香

「涼香ちゃんのお姉ちゃんは、どうして背が低いの?」
小学校の時にクラスメートからなにげなく言われた言葉が今も私の心にずっと残っています。
私の姉は健常者と同じように骨をつくることができず、身長が100から、伸びても130程度で止まってしまう先天性の病気をもつ、いわゆる障がい者です。目に見えて人との差異が現れるので、本人はもちろん、私たち家族も苦しい思いや悲しい思いを、数え切れないほど何度もしてきました。 日常の生活での不便や苦労はたくさんあります。例えば買い物に行く時。自動ドアがなくて入り口のドアノブが高い位置にあるお店では入店だけで一苦労です。たくさんの物を入れてかごが重くなり、カートを使いたくても持ち手が高くて届きません。奥行きのある商品棚の奥は見えないし、支払いをする際もレジが高くてスムーズに行うのは大変です。普通の人がなんの苦労もなくする日常の動作も、姉にとっては大変なことなのです。 でもそんなことよりもっと悲しく感じる出来事もあります。それは周囲の人から好奇の目や、障がい者というフィルターを通して見られることです。日常の中ですれ違う人たちからすれば、明らかに人とは違う姉のことが興味の対象となってしまうのも仕方がないことなのかもしれません。

でも私たちは知りたいだけなのです。姉は、相模原障がい者殺傷事件の犯人の言うように「いなくなればいい存在」なのでしょうか?ただただ偶然にその病気をもって生まれただけなのに、心はどこにでもいる普通の女の子なのに、歩けば指をさされ、二度見されたり、ひどい時には顔をのぞきこまれることもある。障がい者だからだめ、と言われる日もあれば、あなただからこそできることもあると、受け入れがたいものを受け入れることを強要される日もある。

でも、姉は何か悪いことをしましたか?
人一倍優しくて、私が友達にひどくからかわれて帰宅した日、一緒にお風呂に入って話を聞いてくれた。自分だって大学受験の勉強で忙しいはずなのに、私の入試前にお守りを作ってくれた。私がかいたらくがきをそっと手帳にはさんでくれている姉。
あの事件の悲劇は連日放送され、多くの名だたるコメンテーターや専門家が「偏見と無知は悪である」と訴え続けました。しかし事件から3年たった今、何が変わったでしょうか。姉に対してだけではなく、障がい者への差別や配慮のないまちのつくりは根強く残っています。私はこのままではまたあのような事件が起きかねない状況に、日本はあると思います。
そんな今だからこそ知ってほしいのです。障がいがあっても、ひとりの人間だということを。気づいてほしいのです。あらゆる場所に障がい者への壁があるということを。そして、声を上げてほしいのです。
どうすれば全ての人がもっと今より住みよい暮らしができるのか。生活の中でみつけた「これは誰かにとってはハードルになるのではないか」という、小さな声を届けてほしいのです。レジ横の意見箱に、ちょっとしたアンケートに、市や町のホームページの要望欄に。大勢で叫べば必ず届く日は来ます。あなたの一声は誰かを救う一声なのです。
7月に行われた参議院選挙ではれいわ新選組が2議席を獲得しました。2人とも重い障がいをもつ障がい者です。私は当選のニュースを見たときとても勇気づけられました。
理由のひとつは障がいをもつ彼らならではの視線で、障がい者の人がもっと暮らしやすい世の中に変われるのではと思ったから。そしてもうひとつは障がいをもっている人を応援してくれる人が世の中にたくさんいることが分かったからです。このことはきっと多くの、障がいを持つ人の心を打ったのではないかと思います。
少しずつですが日本は変わり始めています。私は必ず日本は全ての人が生きやすい国になれると思います。だから私はあきらめずに声をあげ続けたいと思います。
私が今、こうやってたくさんの人の前で姉について話せるのは、私が姉を心から尊敬しているからです。努力家で、愛想も良くて、友達がたくさんいる。自分よりまず、他の人のことを考えることができる彼女を本当に誇らしく思います。「涼香ちゃんのお姉ちゃんはどうして背が低いの?」そう言われたと泣きながら帰った私に、「ごめんね。」と謝り続けた姉を忘れられず、今回この内容で弁論することに決めました。どうしてあの日、姉は私に謝らなければならなかったのか。何がそうさせたのか。私は姉の妹である限り、何度生まれかわっても姉の妹として生まれたいと思うこの気持ちの限り、考え、世に問い続けます。