神奈川県横浜市栄区飯島町489-1

第55回大会最優秀賞

昭和31年(1956年)から続く日本語による弁論大会です。

「平和を。祈りを込めて、今。」

和歌山県 白馬 秀孝

「宗教による紛争や虐殺があることを、あなた方宗教者に知ってほしい。」
澄み切った瞳が私の心を貫きました。20周年記念比叡山宗教サミットの席上、ボスニア・ヘルツェゴビナで暮らす孤児たちの訴えに、私は胸が痛くて、痛くて苦しくなりました。ボスニア・ヘルツェゴビ ナでは、冷戦時代、社会主義による思想統一と民族融和が図られていました。共産主義体制が崩壊した後、各民族指導者、宗教指導者が徒に他民族の脅威をあ おってしまった。その犠牲者が我々なのだと。
すべての宗教が目指すもの、それは命の尊重であり、争いなき平和であります。仏教においても、不殺生、命を殺してはならないという戒めがあります。しか し、現実に存在するボスニア紛争や異教徒の排除や、聖戦という名目の元に行われた戦争。高野山でもかつて僧侶が武装していた時代がありました。
なぜ、宗教が武器を取るのでしょうか。
それは、『壁』があるからではないか、と私は考えます。その『壁』は色や形であり、人格や意識であり、そして民族や国境である壁です。私たちの心の中に ある『壁』です。誰も皆、そのなくしてはならない大切な壁を守るために、武器を手に取り、戦うのではないでしょうか。宗教もその『壁』の一つなのです。
私はその壁の向こうにあるものを見ようと、ある一つの活動を始めました。高野山を訪れる外国人の案内です。世界遺産となった高野山には数多くの外国人が 訪れるようになりました。しかし当時の高野山は、そのような外国人を受け入れる体制がなく、その一助になればという思いと、他宗教から見る高野山はどのよ うに映るのかを知りたいという思いからでした。その瞳に映る思いは様々で、たとえば、お地蔵さんの赤い前掛けはなんのためであるか、あなたの衣服はなぜ黒 いのかといった疑問でした。時には僧侶の私に冷たくカメラを向けるだけであったり、無関心な反応だけであったりもしました。私はそんな一つ一つに向き合い ながら自分もまたいろんな事を学びました。
その中で、このようなことをおっしゃった方がいました。
「日本は不思議な国である。それは、宗教がけんかをしないからだ。そのことを、あなた方日本の宗教者は世界にもっと発信すべきだ。」
私たち日本人は、お寺にもお参りし、神社や教会にもお祈りいたします。高野山にも宗教、宗派を超えて、神道やキリスト教の信徒もご供養をお願いにいらっ しゃいます。その我々の持つ文化、それはとても大切なことを教えてくれています。私たちの心にある壁は決して、対立するものではないのだと、互いに尊重す べきものなのだ。そしてそれは、すぐ目の前にあることなのだ、と。
今、平和のためにできること。私は、一人の力なき宗教者で、その私には、政治家のように国際協調のための政治を行うこともできませんし、外交官のように 平和条約の締結をすることもできません。平和を祈ることさえも、繰り返される戦争の歴史の前に、全くの無力であるかもしれません。しかし我々が前に進むこ とをやめ、他民族の脅威や他宗教の排除を唱えるのならば、戦争がなくなることはありません。だからこそ、私にできることは、ただ一つ。
今ここに、私は平和を説く。
すべての神、国家、人は必ず互いに認め合い、共存することができるはず。なぜならば、目指すものはただ、ひとつであるからだ。すべての神と神が互いに礼 拝し供養する、そして私たちの壁の奥にある大切なもの同士が、手を取り合うために。この世あるかぎり続く平和のための努力を、絶え間ない努力を、そして一 人一人の心に灯る平和への光を今、私は訴えるのです。