神奈川県横浜市栄区飯島町489-1

第47回大会最優秀賞

昭和31年(1956年)から続く日本語による弁論大会です。

「日本の桜を中国の故郷(ふるさと)に」

奈良県 張 福龍

私の故郷は中国の南京の近くにある小さな町です。中国の南京という町を、皆さんはご存じだと思います。第二次世界大戦の時、南京大虐殺があったとされている所です。それで、今まで私の故郷の人たちは日本に対して、良い印象がありませんでした。
中国には、日中戦争の映画がたくさんあります。私が初めて見たのは30数年前で、『地雷戦』(漢字カードを出しながら)という映画でした。この映画を見 たあとで、二つのことが頭の中に残りました。ひとつは、日本人は悪い人、鬼だということでした。もう一つは、日本語が話せる中国人はスパイだ、日本人より 悪いということでした。また、私の祖母から戦争の悲惨な話を聞き、正直に言いますと、私も多くの中国人と同じように、日本という国にはあまり好感を持って いませんでした。
ところが、大人になってから、日本が中国に対して行っているさまざまな経済援助などを知りました。南京でも日系企業がたくさん設立されるようになりまし た。中国では日本語が上手に話せれば、就職しやすくなるので、私も南京で3年間日本語を勉強しました。そして、1997年私は日本留学のビザを手に入れま した。しかし、その時、私の祖母に反対されました。「そんな敵国の言葉の勉強をするな!日本留学をやめなさい!」と叱られました。
しかし、日本に来てから、大学の授業で、沖縄戦について知りました。沖縄の人々にとって、6月23日は思い出したくなくても、忘れてはいけない大切な日 であることを学びました。また、広島や長崎の原爆のことも知りました。肉親や友人を永遠に失ったお年寄りと被爆者の悲惨な姿を見て、心を強く打たれまし た。戦争って、いったい何だろうか?私は何度も自分に問いかけてみました。戦争は勝った国にとっても、負けた国にとっても、深い心の傷を残したことには、 変わりがないでしょう。そのように考えていくと、私は自分の考え方があまりにも偏り過ぎていたことに気がつきました。もちろん自分の国の悲惨な過去を忘れ ては決してなりません。が、他の国の立場にも立つ考えが必要ではないでしょうか?
去年の9月11日の、アメリカでのテロ事件は決して私たちと無関係ではありません。地球はただ一つだけで、人類は同じ仲間であるからです。 また、私は 日本に来た後、こんなことを私の息子から聞きました。中国に残している私の息子は、小学校5年生ですが、隣の席に座っている男の子に大変いじめられまし た。その子はカッターナイフで二人掛けの机の真ん中に一本線を刻みました。そして、こういうふうに言いました。「この線は中国と日本の国境線だ、僕は中国 側、お前の親父は日本語が話せる、日本語が話せる中国人はスパイだ、日本人より悪い、この線を越えたら、殺すぞ」と脅かされました。
その子はな ぜ?なぜこんなことを言ったのでしょうか?彼のおばあさんが教えたのでしょうか?また、『地雷戦』のような映画を見たのでしょうか?なぜ?私の故郷の人た ちはこんなにすばらしい国のことを知らないのでしょうか?戦争が終わって、もう半世紀が経った現在、子供たちの口からこんなことを聞いたので、私の心は痛 みました。
夜中、私一人で、心静かにして考えました。留学生としての私はただただ毎日学校とアルバイトだけでよいのでしょうか?もっと大切なことがあるのではない でしょうか?3年前から、私は日本で見たことや感じたことなどを中国語で書いて、故郷の新聞社に寄稿しています。そして、一時帰国した時、故郷のあちこち の学校へ行って、『日本の生活文化』という講演をしました。さらに、日中国交正常化30周年を迎えた今年の夏には、私は「日本民間友好訪問団」を結成し、 故郷を訪問しました。訪問の時、私の息子が通っている小学校と国際親善交流をしました。訪問団の日本人はその学校の子供たちと一緒に歌を歌ったり、折り紙 をしたりして、和やかな一日でした。その日、我が子はクラス全員に向かって、「皆、わかった?日本人は鬼ではないでしょう、僕の父はスパイではないよ」と 大きな幸せいっぱいの声で言いました。
来年私は大学を卒業します。中国語と日本語が両方とも話せる私にとって、日本で就職するのはあまり難しくないかもしれませんが、それなら、私だけ、私の 家族だけが正しい日本の姿を見ることになります。それより、大勢の中国の人たちが本当の日本を知ることの方が、もっと大切ではないかと感じました。ですか ら、日本留学が終わってから、故郷へ帰って、日本語学校を設立したいと思います。
日本人の勤勉さや、日本人の礼儀正しさや、日本語及び日本文化、あらゆるすばらしいものをより多くの中国の人たちに教えたいと思います。
近いうちに、日本の桜を中国の故郷に咲かせることができるようにがんばっていきたいと思います。
ご静聴、どうも、ありがとうございました。