神奈川県横浜市栄区飯島町489-1

第58回大会最優秀賞

昭和31年(1956年)から続く日本語による弁論大会です。

「おふくろの味」は知らなくとも

石川県 嶋田 有莉

「『おふくろの味』ってどんな味?」私はこの問いの前で立ちすくんでしまいます。
子どもにとって、親はとても大きな存在です。子どもは特に、母親に多くのことを教わり、成長していきます。無条件に子どもを認め、成長を喜ぶ母親の存在は、子どもが困難に挑む大きな力となるのです。
ですが、この世には不完全な家族形態を持つ子どもがいます。親の離婚、病気、死別などが理由で、親ときちんと向き合えないまま育つ子どもたちがいます。
近年問題となっている少年犯罪。家族をナイフで刺すなどのおぞましい犯罪。こうした罪を犯す子どもには、不完全な家族形態を持つ子どもが多いのです。
実は、私も不完全な家族形態を持つ子どもの一人です。
私は今、父と弟との三人暮らしです。私が三歳の時、弟を産んですぐに、母は脳梗塞で倒れ、以来十三年間、植物状態で病院に寝たきりです。私達は、親戚の助けで、何とか立ち直りました。親戚には感謝をしています。しかし、私の胸の底には常に、何か不透明な黒っぽいものがわだかまっているのです。
幼稚園の頃、お母さんの話に入れない。運動会の時も、みんなは「お母さん!」と手を振り、最高の笑顔で頑張るのに、私には手を振るお母さんがいない。病院に行けば母はいますが、私には母の声を聴いた記憶がありません。私にとって母は、透明な存在です。
父に「お前は普通の家の子じゃない」と言われるのは悲しいことでした。普通がどんなものかもわからないのに、自分は何かが違うのだと常に感じていた私は、自分のことがつかめず、家にも学校にも、自分の机はあるけれど、自分がどこにいるのかわからない、そんな状態でした。自然に私は、口数が少なくなっていきました。自分を本質から理解してくれる人がいない。本当はありのままの自分をさらけ出して、子どもらしく遊びたい。でも、どうして良いか分からない。
小学三年の時に、家が火事になり、全てを失いました。表現する言葉を持たなくなっていた私は、だんだん周囲に心を閉ざすようになりました。その頃、ひどいいじめに遭い、人を信頼できなくなっていました。
「お母さんに相談したい」心の中で叫んでも、叫んでも、願いは叶いません。自分の心にも周りにも、子どもらしい明るい色を見いだせなかった私は、ひとりぼっちでした。
大人はなぜか優しかった。その優しさにしがみつくしか生きる術がありませんでした。
そんな私が、罪を犯さずに今まで生きる事ができたのは、逆説的ですが、家族の存在が大きいと思っています。確かに母が不在の状態ですが、その分、父の存在が大きくなっています。「お前は普通の家の子じゃない」と言う父は、そういいながらも、他の子と比べても恥ずかしくないお弁当を、毎日作ってくれます。熊のように大きな背中を丸めて、毎朝、台所に立つ父を見ると、愛されていると感じます。本当の「おふくろの味」ではありませんが、父のお弁当は私を落ち着かせ、温かく包んでくれます。父は、小舟のような私がやすらぐ、港のような存在です。
母が倒れたとき、父は私達兄弟を捨て、新たな人生を歩くこともできたはず。しかし、私達を育ててくれた。植物状態の母を毎週訪ね、反応がないのに、懸命に話しかける父を見ると、私は愛情の子だと思えるのです。
人間には「承認欲求」があります。日本人は昔から、社会に抱かれて生きてきました。社会の中での自分の位置に敏感な日本人は、特に他者からの承認を、特に必要としています。しかし、罪を犯す子どもは、その欲求が満たされていません。自分に自信がないため、少しのことで動揺し、失敗し、また自信をなくす。この自信のなさが、自分を社会から切り離し、また、自分から関わろうとしない人を、社会は排除するのです。日本では、承認と成果は切り離すことが出来ません。そんな中で、承認欲求は満たされるはずがありません。
罪を犯す子が抱えるこの悪循環は、自分の力では断ち切れません。温かく包むような愛情ではなくても、すばらしい言葉をかけてくれなくても、悪いところも含め、無条件にその存在を認める母のような人が必要です。
私は、「おふくろの味」を知りません。ですが、もう立ちすくみません。本当の母の味ではなくとも、私を包んでくれる味があるからです。その大きさを感じた今、心がすさぶ手前で救われたことに感謝し、無条件に人を包んであげられる人になりたい。血は繋がっていなくとも、「おふくろの味」を人に感じさせ、人に寄りそえる存在になりたい。そして、無条件に認め、支える人の大切さを、社会に発信し続けていきたいと思っています。